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審査指南第二部分第4章2.2における「限られた実験」に対する認識

時間:2016-07-14

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   ポイント:専利審査指南(2010)第二部分第4章2.2は、「若し発明が当業者によって従来技術を元にした論理的な解析、推理又は限られた実験のみで得られるものであれば、当該発明は自明であり、突出した実質的な特徴を具備しない」と規定している。審査実務において、「限られた実験」の意味を正確に理解できなければ、合理的な審査の結論を得ることはできない。本稿では、「限られた実験」の正確な意味を考察し、審査指南に関する改正意見を提案したい。

一、序文

   専利法第二十二条第一項の規定によって、権利付与される発明または実用新案は新規性、進歩性及び実用性を具備しなければならない。発明と実用新案が進歩性を具備することは、専利権を付与する必要要件である。

  進歩性に関する2つの基本要件は、1)(突出した)実質的な特徴と、2)(顕著な)進歩である。実用新案出願については実体審査がなされないため、発明を例に挙げて詳述する。

   上記1)の要件は上記2)の要件より認識にばらつきが生じやすい。専利審査指南(2010)第二部分第4章2.2は、次のように規定している。

   発明が突出した実質的な特徴を具備するとは、当業者にとって、発明が従来技術に対して自明ではないことをいう。若し発明が当業者によって従来技術を元にした論理的な解析、推理又は限られた実験のみで得られるものであれば、当該発明は自明であり、突出した実質的な特徴を具備しない。

二、文理解釈(文字解釈)

   字面的に、上記の「論理的な」の限定範囲については、下記3つの何れにも読み取れる。即ち、

1)「解析」のみを限定し、「推理」と「限られた実験」を限定しない。

2)「解析」と「推理」とを限定し、「限られた実験」を限定しない。

3)「解析」と「推理」と「限られた実験」のいずれをも限定する。

 「推理」の前には限定語がなく、かつ此処では明らかに「間違った推理」をカバーしないので、第1と理解する人は少ないだろう。問題は第2の理解と第3の理解であり、即ち「論理的な」は果たして「限られた実験」を限定するか否かである。

   一見したところ、答えは明らかである。つまり無限の回数の実験により得られる発明は存在しないため、「限られた実験」は当然「論理的な」に限定されるべきである。

   審査指南第二部分第4章4.1において挙げられた「先駆的な発明」を例にとると、いかなる発明もその道のりは苦難に満ちているが、成功までの実験回数は尚も無限ではない。然しながら、有限の実験は、発明が進歩性を備えることを妨げるものではない。エジソンは1000回余りの失敗で電球を発明したため、電球は簡単に得られるものであったとはならない。

三、案件の分析

   文理解釈から見れば、「限られた実験」に対する理解はそれほど難しくないが、具体的な案件について合理的に判断することは容易ではない。下記の2つの具体的な案件を見ながら、この規定を更に分析する。

例1は中国専利ZL200980123822.6の第一回拒絶理由通知書及びその答弁書である。当該発明の請求項1は下記の通りである。

主体材料と量子スピン欠陥とを備える固態システムであって、前記量子スピン欠陥は室温で約300 μs以上のT2を有し、前記主体材料は全窒素濃度約20 ppb以下の単結晶CVDダイヤモンド層を含み、その中の半径約5μmの円で限定された領域内の単結晶ダイヤモンドの表面粗さRqは約10 nm以下であり、前記円は量子スピン欠陥を形成する箇所に最も近い表面上の点を中心とすることを特徴とする固態システム。

第一回拒絶理由通知書では、請求項1と引例1との区別技術特徴は次のように認められた。

請求項1は、更に前記T2が約300 µs以上、前記全窒素濃度が約20 ppb以下であり、また半径約5μmの円に限定された領域内の単結晶ダイヤモンドの表面粗さRqは約10 nm以下であり、前記円は量子スピン欠陥を形成する箇所に最も近い表面上の点を中心とすることを含む。

上記区別技術特徴について、審査官は、ダイヤモンドをより良くスピン電子の応用にフィットさせるため、当業者は常套手段を用いて有限回数の実験を行なうことで当該区別技術特徴を有するダイヤモンド材料を取得することができると指摘し、請求項1は進歩性を具備しないと判断した。

これに対して出願人は次のように答弁した。請求項1に記載されたパラメーターの範囲は完全に引例1に開示された数値範囲の外にある。特に、請求項1では室温におけるデコヒーレンス時間T2が300µsであり、一方引例1では、実現できる最大値でも僅かの58µsである。引例1と請求項1とは1桁もの差がある。当業者は、合理的な論理に従いT2を1桁変更することはできない。

審判官は上記説明を認め、本発明に専利権を付与した。

然し審査実務において、「限られた実験」が「論理的な」に限定されない見方もある。即ち、区別技術特徴が有限回数の実験により得られたものならば、当該請求項は進歩性を具備しないという考え方である。

例2は拒絶査定不服審判の通知書及びその答弁書である。答弁書における請求項1は超低炭素鋼ストリップ又はシートを製造する方法に係わるものである。

審判官は、請求項1が引例1に対して3つの区別技術特徴を持つと認めた。そのうち、最も議論されたのは次の区別技術特徴である。請求項1は、鋼湯缶処理を含む鋼材を製造するステップで発生した真空ガス抜きの溶鋼を限定し、かつ酸素抜きステップで、溶鋼の実際酸素含有量を測定してから適量の適切様態のアルミニウムを添加し、溶鋼の目標酸素活量又は溶解された酸素含有量が40ppm以下であることを限定している。

上記技術特徴は拒絶査定不服審判の通知書回答のときに新たに追加された技術特徴である。その理由は引例1の複数個所で逆の示唆が与えられているからだ。出願人は通知書に回答した際、これを強調して述べたうえで、例えば引例1第31段落に「強化プリー酸素抜きステップの後に、酸素含有量を0.005から0.025質量%以下(即ち50≤酸素含有量<250ppm)にキープしなければならない」ことが開示されていることを指摘し、明らかに引例1の下限が本発明の上限より25%も上回っていると述べた。

引例1第30段落は当該酸素含有量の範囲を用いる理由を次のように説明している。酸化アルミニウム不純物はほぼ浮いていて、かつ炭素抜き終了時に分離されるが、酸素含有量が0.025質量%以上に維持されるため、別途Alを添加して酸素抜きを行わなければならない。ただし、若し酸素含有量が0.0005質量%未満であれば、これにより発生した大量の酸化アルミニウム不純物が分離し難くなり、溶鋼に残されてしまう虞がある。

明らかに上記説明は、酸素含有量を50ppm未満にキープしないよう教示している。従って、当業者が引例1に基づいて酸素含有量を請求項1の範囲に変更することは、論理的でない。

しかし、審決は次のように認め、拒絶査定を維持した。引例1は、アルミニウムを添加して酸素抜きを強化し、溶解酸素含有量を0.005-0.025質量%(0.025%を含まない)にすることを開示した。より純度の高い製品を取得するために、当業者は鋼溶液における酸素含有量を更に低下させることを容易に思い付く。しかし酸素含有量が低過ぎると酸素抜きのコストが高くなり、しかも発生した酸素抜き産物が多過ぎて、完全に不純物まで浮び上がらず除去できなくなる虞がある。これを避けながら製品における酸化不純物を最大限に抑えるため、上記要因を総合的に考慮すれば、当業者は容易に有限回数の実験を通じて適切な酸素抜きレベルを確定することができる。例えば、溶鋼の目標酸素活量又は溶解した酸素含有量を40ppm以下にする。なお、請求項1に限定された40ppmは本分野において実現可能な通常の酸素含有量でもある。

出願人はこの審決に同意しなかった。当業者が最も近い従来技術を元に請求項1で限定された40ppmを得ることは、明らかに従来技術、例えば引例1の論理に反する。

若し上記審判の論理を以って審査指南第二部分第4章6.1の例を見ると、次のような結論もあり得る。即ち、より高い強度と耐摩耗性を追及するため、当業者は更にカーボンブラック含有量を高めることを容易に思い付くが、カーボンブラック含有量が高すぎるとコストアップにつながる。上記要素を総合的に考慮して、当業者は有限回数の実験を通じて30%のカーボンブラック含有量を得ることができる、というものである。

これは、明らかに審査指南の趣旨から乖離している。従って上記審決における「限られた実験」に対する理解、すなわち上記第二の理解は不適切であることを証明するものである。

四、纏め

発明専利の進歩性判断では、突出した実質的な特徴の判定が最も重要である一方、他の要件、即ち「顕著な進歩」もまた係争を引き起こしやすい。多くの場合、審査官は専利審査指南(2010)第二部分第4章2.2の規定を直接引用して発明専利出願の進歩性を評価するが、当該規定における「論理的な」に対する理解にはばらつきがある。その結果、審査実務において、同一案件の進歩性に対し異なる結論がよく出される。

次回の審査指南改正では、上記規定における「論理的な解析、推理又は限られた実験」を「論理的な解析、論理的な推理又は論理的な限られた実験」に改正することを提案する。このような改正は少しくどいように思われるが、審査基準を最大限に統一し、人為的な主観要素を抑えて、より合理的な審査結果を求めることに役立つものである。