先頃、中国最高裁判所知的財産権法廷が『最高裁判所知的財産権法廷判決要旨(2025)』を公表した。ここでは専利権付与・確認案件の判決要旨の一部を紹介する。
1.遺伝子工学専利における開示の十分性の判断
【判決要旨】微生物遺伝子工学分野において遺伝子過剰発現により得られた「工程菌株」に係る特許について、その合成産物が既知の菌株又は工程と明確な関連性を有し、かつ明細書に記載された保存菌株、先行技術で公開された遺伝子配列、機能検証等により技術案の実施可能性を証明できる場合、通常、明細書の開示は十分であると認定できる。
2.マーカッシュクレームの補正が範囲を超えるか否かの判断
【判決要旨】マーカッシュクレームを明細書に明確に記載し、かつマーカッシュクレームの保護範囲に含まれる具体的化合物に補正することは、マーカッシュ要素の任意の削除には該当せず、一般的に、当該補正は元の明細書及びクレームの記載範囲並びに専利権の保護範囲に対する公衆の合理的予期を超えないものであるため、認められるべきである。
3.タンパク質配列変異体に係るクレームが明細書により裏付けられているか否かの判断
【判決要旨】タンパク質配列変異体に係るクレームについて、当業者が明細書に開示された内容と先行技術で開示された関連タンパク質の構造と効果の関係に基づき、変異の部位、数、効果の間の規則的な特徴をまとめることができ、かつ当該規則的特徴に基づき当該クレームを合理的に総括できる場合、明細書により裏付けられていると認定できる。
4.必須技術的特徴の欠如の判断
【判決要旨】クレームが必須技術的特徴を欠いているか否かの判断は、クレームに対して合理的かつ発明の目的に合致して解釈を行うべきである。当業者が発明の目的、明細書及び図面に基づき、クレームに限定された技術的特徴から唯一の合理的選択を導き出せる場合、クレームがその明確に記載されていない唯一の選択可能な技術的特徴を欠いていると認定することは、一般的に不適切である。
5.異なる技術案の優先権の個別確認
【判決要旨】異なるクレームで限定された技術案、及び同一クレームで限定された並行する技術案の優先権の有無は、個別に確認すべきである。独立クレームが優先権を有する場合であっても、その従属クレームは必ずしも同一の優先権証明書に基づき優先権を有するわけではなく、当該従属クレームの優先権の有無については、法により個別に確認すべきである。
6.職権による国内優先権の確認
【判決要旨】専利の無効審判において、専利が「みなし取下げかつ未公開」の第一回出願に基づく国内優先権を主張する場合、無効審判請求人が提出した対比文献が先行技術又は抵触出願に該当するか否かは、当該専利の国内優先権の有無を前提とする必要があり、即ち国務院専利行政部門が職権により当該国内優先権書類を用いて国内優先権の有無を確認することができる。ただし、当事者には反対尋問と意見陳述の機会を与えなければならない。
7.先行技術を否定する場合の立証責任
【判決要旨】当事者が、関連技術案が実在しないことを証明できず、またその実施が不可能であることを証明できない場合において、一部の実験データに更なる確認が必要などの瑕疵があることのみを理由に当該技術案が先行技術ではないと主張する場合、一般的に支持されない。
8.先行技術の認定基準、ウィチャットモーメンツ情報が先行技術になることの立証責任
【判決要旨】1.先行技術又は既存デザインの認定は、専利出願日前に当該情報が既に不特定の公衆が入手可能な状態にあったか否かを基準とすべきであり、入手の可能性があることのみをもって先行技術又は既存デザインになると認定してはならない。2.ウィチャットモーメンツに投稿された情報が先行技術又は既存デザインになるか否かの判断は、ウィチャットモーメンツ情報投稿メカニズム、投稿者の具体的状況、情報の具体的内容、投稿方法及び投稿時期、当該投稿者のウィチャットモーメンツの主な用途などの要素を総合的に考慮し、当該情報が専利出願日前に不特定の公衆が入手可能な状態にあったか否かを基準として判断すべきである。専利無効審判請求人が当該ウィチャットモーメンツについて主に商業目的で使用されていることを証明した場合、当該ウィチャットモーメンツの内容は不特定の公衆が入手可能な状態にあったものと初步的に推定できる。ただし、専利権者が当該ウィチャットモーメンツの内容が未公開又は特定の者のみに公開されたことを証明する反証を提出した場合はこの限りでない。
9.更に優れた効果を証明する補足実験データの許容条件
【判決要旨】専利権者が補足実験データを提出し、専利技術案が先行技術に比べて更に優れた技術効果を有することを証明しようとする場合、当業者が技術案間の関係、技術効果の検証方法などの要素を総合的に考慮し、この更に優れた技術効果が元の専利出願書類に暗示されていることを合理的に確信できるときは、当該補足実験データを許容することができる。
10.名称の異なる技術的特徴は異なる技術的特徴になるか否かの認定
【判決要旨】専利クレームの特定の技術的特徴と先行技術に最も近い対応する特徴が名称は異なるものの、構造の設計、作動原理、製造工程、機能、用途及び効果などに実質的な差異がない場合、当該特定の技術的特徴は異なる技術的特徴にならないと認定できる。
11.複数の組成物含有量に係わる技術内容の技術的特徴の認定
【判決要旨】クレームにおいて数値又は数値範囲で限定された複数の組成物含有量の技術内容について、各組成物間で相乗作用があることを明細書に明確に記載又は暗示されていない場合、進歩性判断において、異なる組成物含有量を全体として一つの技術的特徴として考慮することは一般的に適切ではない。
12.「発明の特徴」の技術的示唆の認定
【判決要旨】当業者が発明の構想を直接表現し、又は実際に解決しようとする課題を直接解決する区別される技術的特徴を「容易に想到できる」か否かを判断する際、先行技術にこれに対応する示唆がなく、またこれに関する公知の常識もない場合、客観的根拠がない状況において、当該区別される技術的特徴が「容易に想到できる」と認定することは適切ではない。
13.進歩性判断における「容易に想到できる」ことの認定
【判決要旨】クレームの特徴部分が全て最も近い先行技術に対して区別される技術的特徴になり、かつ当該区別される技術的特徴が先行技術で公開され、又は当該分野の常用手段若しくは公知の常識に該当する証拠がない場合、当業者が上記の区別される技術的特徴を容易に想到できると直接認定することは一般的に適切ではない。
14.技術的示唆の総合的判断
【判決要旨】先行技術からの技術的示唆は、具体的な応用場面と技術的効果を踏まえて総合的に判断すべきである。先行技術が開示する技術内容が本件専利の解決しようとする課題に関係せず、先行技術におけるその作用も本件専利における区別される技術的特徴の作用と異なる場合、先行技術に対応する技術的示唆があると認定することは一般的に適切ではない。
15.改良の動機の認定
【判決要旨】専利が実際に解決しようとする課題が、当業者が周知し解決を期待する技術的問題であり、かつ先行技術が、区別される技術的特徴を最も近い先行技術に適用することによって当該技術的問題が解決できる示唆を与えている場合、当該区別される技術的特徴と最も近い先行技術の組み合わせが一定程度、最も近い先行技術の他の技術的効果を弱めたり、影響を与える可能性があったとしても、必ずしも当業者に改良の動機がないことにはつながらない。
16.化合物の用途専利の進歩性判断における最も近い先行技術の選択と技術的示唆の認定
【判決要旨】「三歩法(3ステップメソッド)」を用いて化合物の用途専利のクレームの進歩性を判断する際、先行技術に開示された化合物の数が多く、かつ特定の化合物の薬理活性が検証されていない場合、当業者が特定の化合物を研究開発の出発点として選択することは当然ではなく、当該特定の化合物を最も近い先行技術としたとしても、技術的示唆の判断に際しては、当業者が当該特定の化合物を選択する際に直面するであろう不確実性を十分に考慮してもよい。
17.化合物分野の進歩性判断における予測できない技術的効果の認定
【判決要旨】特許出願の技術案が、ある疾患に対する治療効果が出願日以降に承認された世界初の当該疾患治療薬の効果と同等である場合、当該治療効果は特許出願が予測できない技術的効果をもたらすか否かを判断するための重要な考慮要素となり得る。
18.化合物の結晶形に係わる専利の進歩性判断における技術的効果の考量と立証責任
【判決要旨】1.既知の化合物の結晶形に係わる専利の進歩性判断は、原則として予測できない技術的効果をもたらすか否かを考慮すべきである。また、当該予測できない技術的効果は、原則として化合物の安定性、バイオアベイラビリティなどの医薬品の特別の効果であり、単純な機械的強度、融点、溶解度などの物理化学的効果ではない。2.専利無効審判において、化合物の結晶形が予測できない技術効果をもたらすことの立証責任は専利権者が負う。
19.信義誠実原則違反を専利無効理由として具体的に適用する場合
【判決要旨】信義誠実原則違反により専利権が無効となる情状は、主に専利出願人又は専利権者が専利技術案に対し不正を行った場合である。無効審判請求人が、専利権者が自身の知的業績を盗用して専利を出願したことが専利法施行細則第十一条に違反するという理由のみで専利権の無効を請求する場合、原則として支持しない。こうした紛争は本質的には専利権帰属紛争、発明者署名権紛争などの民事紛争に属し、法に基づき別途解決されるべきである。
20.補強証拠の認定
【判決要旨】専利権確認に係わる行政案件において、無効審判請求人が提出する補強証拠は、専利無効審判行政審査において既に採用された証拠の証明力を強化又は支持するためのものでなければならない。いわゆる補強証拠が、専利権が無効とされるべき新たな事実又は理由を証明するためのものである場合、当該証拠は行政決定の審査範囲を超えるものであり、かつ請求人は別途無効審判を請求することができるため、裁判所は一般的にこれを審査しない。
21.専利権確認案件の利害関係人の判断
【判決要旨】専利権者の許諾なく専利技術案を実施することができない者であって、専利権無効審判請求人でない者は、専利権確認行政行為の利害関係人には該当せず、専利権確認訴訟を提起する資格がない。
(出所 中国最高裁判所の公式サイト)