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中国馳名商標YKK異議不服審判行政再審事件に関する考察―商品関連性,法律適用基準の一致性,需要によって認定する原則を中心に

時間:2018-02-01作者:

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1.はじめに

     中国では,馳名商標の保護範囲,すなわち非類似の商品をどこまでカバーできるかという問題は,馳名商標に係る事件にとって一番複雑なものであり,かつ昔から争点が多いものでもある。この問題に関する研究は数多くあるが,いままで安定した説がまだない。本稿では,2016 年に最高裁が YKK 馳名商標の異議不服審判行政再審事件に下した判決に基づき,新しい視点からこの問題について検討を行いたい。

    YKK 商標は第 26 類のファスナー業界において非常に有名なブランドであるといえるが,異議申立,異議不服審判,一審,二審のすべての段階において他人の YKK 商標が第 12 類における登録を止めることが出来なかった。最高裁における再審を通じて,ようやく他人の所有する YKK 商標を「乗物用内装飾品」における登録について取り消すことができた。最高裁の判決に基づき,馳名商標に係る事件にあたる「商品関連性」,「法律適用基準の一致性」,「需要によって認定する原則」という 3 つのハイライトについて検討する。また,2017 年 3 月 1 日より施行した「商標の権利付与・権利確定にかかわる行政事件審理の若干問題に関する最高裁の規定」を参照しながら本件再審事件について更なる考察を行う。さらに,ほかの類似事件の参考として,大衆商品及び専門商品に分けて馳名商標の保護にあたり一般的に注意すべき要点について提言を試みる。本稿は,中の馳名商標保護に関するご理解に役に立てれば幸いである。

2.事件概要

2.1 引用商標及び被異議商標の情報

原告 YKK 株式会社は,中国において,1979 年に登録した第 97042 号先行「YKK」商標(以下,引用商標 1 という),1998 年に登録した第 1190591 号先行「YKK」商標(以下,引用商標 2 という)を所有する。引用商標 1,2 はニース国際分類第 26 類の「ファスナー,プラスチックファスナー,金属ファスナー」などの商品を指定した。

一方,第 3974688 号「YKK」商標(以下,「被異議商標」という)は,本事件の第三者である力博社が 2004 年 3 月 23 日に中国商標局に登録出願した商標であり,ニース国際分類第 12 類の「エアポンプ(乗物用付属品),陸上の乗物用のクランクケース(エンジン用のものを除く),自動車用ショックアブソーバー,乗物用車軸,オート車用ショックアブソーバー,陸上の乗物用トランクミッションのシャフト,風防用ワイパー,乗物用内装飾品,自動車,陸上の乗物用エンジン」商品を指定した。

2.2 本件の異議申立,異議不服審判手続き

2006 年,YKK 株式会社は,被異議商標について商標局に異議を申し立てた。当時の異議申立において次のように主張した:被異議商標は YKK 株

図1:本事件にかかる商標

 

被異議商標

 

引用商標1

引用商標2

式会社の先行引用商標 1,2「YKK」に対する複製である。引用商標 1,2 は中国市場で長期間にわたる使用により,既に馳名商標となっていた。被異議商標の登録が公衆を誤認し,馳名商標権者の利益に損害を与える恐れがあるものとし,『商標法』第 13 条第 2 項に基づいてその登録が許可されるべきではない。2009 年,商標局は両商標の商品に明らかな差があることを理由に,前記異議理由が成立しない,被異議商標の登録を許可する裁定を下した。その後,YKK 株式会社は上記裁定を不服とし,商標評審委員会に異議不服審判を請求したが,商標評審委員会は商標局の異議裁定を維持する裁定を下した。

2.3 本件の行政一審,二審手続き

YKK 株式会社は上記中国商標評審委員会の裁定を不服とし,裁判所に行政訴訟を提起した。一審,二審を経て,両裁判所はともに商標評審委員会の異議不服審判裁定を維持し,すなわち被異議商標の登録を許可すると判決した。二審裁判所が 2013 年 10 月 17 日に下した行政判決書 1)の主な内容は以下のようになる。

「YKK 株式会社が商標評審及び訴訟手続きで提出した証拠は,ファスナー商品に登録・使用した「YKK」商標が被異議商標の登録出願日以前に中国において高い知名度を有していることが証明できる。」「ただし,被異議商標の使用した「エアポンプ(乗物用付属品),自動車用ショックアブソーバー,乗物用内装飾品,自動車」などの商品は YKK 株式会社の「YKK」商標が使用する「ファスナー」などの商品と機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象などの面において大きく異なり,関連公衆が被異議商標を見ても,普通は YKK 株式会社がファスナー商品に使用した「YKK」商標と関連性があると認識せず,通常は公衆を誤認させ,YKK 株式会社の利益が損なわれるという結果を招くことはない。従って,商標評審委員会が,被異議商標の登録が『商標法』第 13 条第 2 項の規定に違反しないと認定したことは不当ではない。」

二審判決において,裁判所は YKK 株式会社の YKK 商標が高い知名度を有すると認めたが,馳名商標になったかどうかについては述べなかった。また,裁判所は,被異議商標の使用商品が YKK 先行商標の指定商品と大きく異なると判断し,被異議商標の登録は公衆を誤認させ,YKK 株式会社の利益が損なわれるという結果を招くことがないと判断した。

2.4 本件の行政再審手続き

YKK 株式会社は,前記二審判決を不服とし,中国国際貿易促進委員会特許商標事務所(CCPIT Patent & Trademark Law Office) に 依 頼 し, 2015 年 9 月 14 日に最高裁に再審を提起した。再審手続きにおいて,YKK 株式会社は,被異議商標が「自動車」と「乗物用内装飾品」において登録が許可されるべきではない,少なくとも「乗物用内装飾品」において登録が許可されるべきではないと主張した。最高裁は,審理を経て,2015 年 12 月 14 日に公聴会を行い,2016 年 8 月 4 日に開廷審理を行った。2016 年 9 月 29 日に商標評審委員会の行政裁定,及び一審,二審裁判所の判決を取り消し,商標評審委員会に対して改めて裁定を下すことを命じる再審行政判決を言い渡した。最終的に「乗物用内装飾品」商品において被異議商標の登録を許可されるべきではないと、最高裁は決定した 2)。理由は以下のとおりである。

「被異議商標の指定商品「乗物用内装飾品」と「ファスナー」とは上下流商品の関係であるため,両者の間,商品関連性が強いと認めてよい。YKK 商標は,「ファスナー」商品における馳名商標の事実に基づき,「乗物用内装飾品」においても保護を受けることができる。」

「(2012)高行終字第 1236 号,(2013)高行終字第 482 号の両事件は,YKK 商標が馳名の程度になったと認定した。この両件の事情は本件とほぼ同じで,商標馳名に関する証拠もほぼ同じであることから,法律の適用基準の一致性原則の下,本件の二審判決は YKK の馳名程度に合わせて区分をまたぐ保護を与えるべきである。商標審査の具体的な事情は様々に異なり,商標の個別審査原則はそれなりの合理性があるが,類似事件の裁判時にそれを理由として明らかに逆の判決結果を出すべきではない。そうしないと,商標法律適用規則の明確化,予測可能性を保証することは困難となる。」

2006 年の異議申立から 2016 年最高人民裁判の再審判決まで,本事件は 10 年間にわたる辛い過程を歩いてきた。被異議商標はすべての指定商品における登録が許可されたという最初の結論から,「乗物用内装飾品」における登録が許可されないと最高裁の判決に至った。再審申請人である YKK 株式会社はついに公正な判決を得ることが出来た。

3.再審判決に関する3つのハイライト


YKK 事件再審判決書には,注目していただきたいハイライトは次の 3 つがある。
1) 最高裁は,「乗物用内装飾品」と「ファスナー」とは上下流商品の関係があるため,商品関連性が強いと認めた。
2) 最高裁は,先に下された二審判決 2 部を引用し,法律の適用基準の一致性原則に基づき,YKK 馳名商標に区分を跨ぐふさわしい保護を与えた。
3) 再審申請人は自ら,訴訟請求を,被異議商標が「自動車」と「乗物用内装飾品」との 2 商品,或いは少なくとも「乗物用内装飾品」における登録が許可されるべきではないことに限定した。こうすると,最高裁は,対象商品 2 個に対して馳名商標保護を与えることが「需要によって認定する」原則にふさわしいかどうかということに焦点を絞って考慮することができるようになった。
次に,上記 3 つのハイライトについてそれぞれ詳しく述べる。


3.1 一番目のハイライト:登録済み馳名商標の保護事件における「商品間の関連程度」について
   (1)登録済み馳名商標が関連性のある商品においても保護を与えることが司法上の普遍的な要求である。
中国で登録済み馳名商標の保護は,同一でなく,且つ類似しない商品をすべてカバーできるわけではない。司法解釈によると,「既に中国で登録済みの馳名商標について,類似しない商品においてその保護範囲を確定する時に,その馳名度に合わせるよう注意しなければならない。」
     従って,馳名商標の馳名度は類似しない商品にも及ぶか否かということは,馳名商標保護にあたり「需要によって認定する」原則を適用するための前提である。2001 年『商標法』第 13 条第 2 項の規定によれば,「公衆を誤認させ,当該馳名商標登録者の利益に損害を与え得るとき」のみ,馳名商標に保護を与える。利益の損害結果はどのように確定するか,すなわち馳名商標の保護範囲については,「馳名商標保護に関わる民事紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する最高裁の解釈」(法釈(2009)3 号)第 10 条に具体的な規定がある。この司法解釈によると,登録済み馳名商標の保護にあたり総合的に考慮すべき要因には「馳名商標の使用商品と被異議商標或いは企業名称の使用商品との間の関連程度」が含まれる。4)
    実際には,馳名商標と被異議商標の指定商品にある程度関連する場合は,公衆が被異議商標を見た時,当該商標の指定商品が馳名商標権者より提供,或いは馳名商標権者とある種の関連があると誤解しやすくなる。そこで,被異議商標の所有者は馳名商標の名誉を不正に利用し,馳名商標権者の利益を損なう恐れがあるという悪い結果になる。損害結果の存在に基づき,馳名商標に対して需要によって認定することが必要となった。このような場合,関連性のある商品において登録済み馳名商標に保護を与えることは合理である。
(2)商品の関連性を判断するとき,「商品類似」の基準を適用するのは妥当ではない。
    これまで商標に係る司法実務において一つの誤った考え方が存在する。すなわち,馳名商標保護事件において,「商品類似」という基準で 5)商品が関連しているかどうかを判断することである。
    例えば,本事件の二審裁判所は馳名商標保護に係る商品関連性に対する認定には,このような誤認が存在した。二審判決に,裁判所は,被異議商標の指定商品「エアポンプ(乗物用付属品),自動車用ショックアブソーバー,乗物用内装飾品,自動車」などが YKK 株式会社の「YKK」商標の使用する「ファスナー」などと機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象などの面において大きく異なるものとして,関連公衆は被異議商標を見ても,通常 YKK 株式会社がファスナー商品に使用した「YKK」商標と関連性があると思わないはずであると判断した。
      法釈(2009)3 号第 10 条によると,二審判決で述べた「被異議商標の指定商品と原告の YKK 商標の使用商品がかなり異なる」ということは,被異議商標の指定商品と原告の YKK 商標の使用商品が関連しない,若しくは関連程度が非常に低いと理解される。
     法発(2010)12 号の規定によると,二審判決の「機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象など」は類似商品の判断基準である。この判断基準は商品の類否を判断するための基準として,商品が関連しているかどうかを判断するための基準ではない。二審判決では,「機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象など」という類似商品の判断基準で本事件における被異議商標の指定商品と先行馳名商標の使用商品間の関連程度を判断したのは,「商品類似」の判断と法釈(2009) 3 号第 10 条第(3)項に規定した「商品間の関連程度」の判断を混同してしまったのである。
     本事件では,再審申請人が主張した『商標法』第 13 条第 2 項は,同一しない又は類似しない商品に関する条文として,商品類否の判断に関わらないものである。従って,「機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象など」という商品類否の判断基準で法釈(2009)3 号第 10 条第(3)項の「商品間の関連程度」を判断すべきではない。


(3)本件再審判決は,登録済み馳名商標の保護に係る事件に,商品が関連しているか否かを判断するための正しい方法を示した。
    中国の既存の法律文書には,商品の関連に関するはっきりした規定がまだない。実は,世の中のすべての物事は普遍的繋がりがあり,その繋がりは普遍性,客観性,多様性,条件性,可変性を有する。『商標法』における商品の「類似性」の幅は,はるかに「関連性」の幅より狭い。すなわち,類似する商品は必ず関連商品であるが,関連する商品は必ず類似商品とは限らない。類似しない商品の分野においても,関連商品は大量に存在している。
    法発(2010)12 号によると,商品の類否判断を行う場合には,「機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象」などの視点から分析することができる。商品の間に「機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象」のいずれかの面に共通性がある場合は,当然,それらの商品は関連性があると判断してよい。
    ただし,以上で述べた「機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象」などの面において共通性がある商品のほかに,他の視点から商品が関連しているか否かを判断することも可能である。例えば:

・上下流商品であるかどうか。例:「石油」,「プラスチック」
・組み合わせて使用する商品であるかどうか。例:「歯磨き」,「歯ブラシ」
・他の商品を加工するための必要設備であるか
          どうか。例:「紡績糸の生産設備」,「紡績糸」
    実際には,商品関連性の判断は限りないほど様々な視点がある。2015 年に審結した「海天」商標紛争事件 6)では,最高裁は次のように判断した:引用商標の指定した「醤油,醋,調味料」などの商品と被異議商標の指定した「ジュース,サイダー」などの商品はそれぞれ異なる区分に属するが,いずれも食品として,一般消費者の日常生活と緊密に関連しているものである。第三者は引用商標と完全に同一の被異議商標「海天」を登録使用したのが,引用商標権者の「海天」商標の市場名誉を不正に利用し,公衆を誤認させ,引用商標権者の利益を損なう恐れがある。また,2013 年に結審した「七匹狼」商標紛争事件 7)では,最高裁は,被異議商標の指定した「蛇口」などの商品と引用商標の指定した服装などの商品はともに日常生活用品であり,関連公衆もある程度の重合性又は関連性がある。引用商標は関連公衆に周知された場合,被異議商標と引用商標が並存すると,関連公衆を誤認し,馳名商標権者の利益を損なうという結果を招く可能性があると判断した。前記事件 2 件において,最高裁は商品の属性(被異議商標の商品と馳名商標の商品はともに「食品」,「日常生活用品」に属す),関連公衆の重合性という視点に基づいて商品の関連性を認めた。
    本事件において,再審申請人である YKK 株式会社は最高裁に 2 組,合計 26 部の新しい証拠を提出した。そのうち,1 組目の証拠は YKK 商標の馳名度を証明するものであり,2 組目の証拠は YKK 商標の指定した「ファスナー」と「自動車,乗物用内装飾品」との関連度を証明するものである。
    再審申請人の提出した商品関連度を証明するための 2 組目証拠は,以下のものを含むが,この限りではない。
1) 北京自動車用品・装飾品卸売市場で撮影した,ファスナーが乗物用内装飾品に使用された写真。
2) 再審申請人の関連会社はファスナーを中国国内の企業との商品取引契約,インボイスなどのビジネス文書。「YKK」ファスナーは再審申請人の関連会社より中国国内の企業に販売された後,自動車シートなどに使用されることを証明した。
3) 中国国家図書館による「ファスナー」と各種「乗物用内装飾品」に関する報道記事 26 通。「ファスナー」が各種「乗物用内装飾品」に大量に使用されるものであると示した。
4) 再審申請人が日本本土の企業との注文・契約書類。再審申請人は早い時期から自動車材料分野に関係を持ち,有名な自動車会社と長期間にわたる提携関係を持つことを証明した。
5) 再審申請人のウェブサイトに掲載された YKK 商標が自動車関連製品に使用されることに関するページ。
     YKK 株式会社の提出した有力な証拠により,最高裁は,最終的に被異議商標の指定した「乗物用内装飾品」と「ファスナー」が上下流製品関係を持つものとして,両商品は強い商品関連性があると認めた。
    最高裁は上下流関係に基づき,被異議商標の商品と引用商標の商品は関連性があると認めたのは,非常に深い意味があるものである。この判定は,中国裁判所が通常採用する「機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象」という商品類否の判断基準で登録済み馳名商標の保護にあたり考慮すべき「商品間の関連程度」を判断していたという仕方を打ち破った。これは,馳名商標の保護にあたり商品の関連性をどのように判定すべきかについて正しい発想を提供した。関連性の内包は類似性の判断基準よりはるかに豊かである。本事件に示したとおり,商品が関連しているかどうかを判断するときは,より広い視野から,より多元な基準を利用し,実情に合わせて総合的な判断をすべきである。
3.2 二番目のハイライト:法律適用基準の一致性原則の適用
   (1) 「個別審査原則」と「法律適用基準の一致性原則」との比較
     「個別審査原則」と「法律適用基準の一致性原則」は,商標審査実務において非常に重要な 2 つの法的原則である。
     まず,「個別審査原則」は商標審査の一般的な原則である。事件によって考量すべき要因も異なる。例えば,馳名商標の事件において,馳名度が異なれば,保護の範囲も異なる。商標の類否判断に係る事件において,商標の所属する分野が異なる場合,消費者が商標に対する注意程度も異なるので,商標の混同性の判断基準も同一にならないわけである。
    次に,「法律適用基準の一致性原則」は,本質からみると,誠実信用原則が個別の事件に適用されたのである。その内包は,特別に考慮すべき要因がない場合には,類似する事件の処理にあたり,統一した基準に従って結論を出すべきということである。実際には,「法律適用基準の一致性原則」は,これまでの類似事件を審査したときの考え方の筋道を受け継いだことを意味し,またこれまでの類似事件の審理結果を尊敬すべきことを意味する。近年,「法律適用基準の一致性原則」は,中国の各級裁判所において,ますます重要視されるようになってきた。「法律の適用基準の一致性原則」の目的は「同様の事件,同様の判断」である。「同様の事件,同様の判断」は「同様の事件」を前提とする。「同様の事件」という前提を満たさない場合は,「同様の判断」という結果を得ることは当然,非常に困難なものである。従って,「法律適用基準の一致性原則」のキーポイントは「同様の事件」をどのように確認できるかということであり,すなわち具体的な事件において,どのような先行の案例を引用すれば「同様の判断」という結果が得られるということである。以下は本件 YKK 再審事件に基づいて,「法律適用基準の一致性原則」の中国での適用について述べる。

(2) 法律適用基準の一致性原則が本事件における適用
   『商標法』第 14 条の規定によると,馳名商標認定のときに考慮すべき要素は当該商標が馳名商標として保護された記録を含む。ある商標は馳名商標として認定できるかどうかは個別審査,事実認定の問題であり,すなわち,各事件において,馳名商標の認定は当該事件の具体的な状況によって決まるものであり,他の事件に対して当然,法的拘束力を有しないものである。これは,商標審査行政部門,司法部門が馳名商標の認定に係る事件において,ずっと「個別認定原則」を採用した原因である。
    ところが,YKK 再審判決において,最高裁は,YKK 株式会社の主張した(2012)高行終字第 1236 号,(2013)高行終字第 482 号との 2 つの先行案例を引用した。この2つの事件において, YKK は北京高級人民裁判所に馳名商標と認定された。最高裁は本事件において,法律適用基準の一致性原則に従い,YKK 馳名商標に区分を跨いだ保護を与えた。この点について,最高裁は以下のとおり説明した。
   「この両事件の事情は本件とほぼ同じであり,商標馳名に関する証拠もほぼ同じであることから,法律適用基準の一致性原則の下,本件の二審判決は YKK の馳名程度に合わせて区分をまたぐ保護を与えるべきである。商標審査の具体的な事情は様々に異なる中,商標の個別審査原則はそれなりの合理性があるが,類似事件の裁判時にそれを理由として明らかに逆の判決結果を出すべきではない。こうしないと,商標法律適用規則の明確化,予測可能性を保証することは困難となる。」
     以上の判決は,最高裁が法律適用基準の一致性原則を従ったことを示した。最高裁は(2012)高行終字第 1236 号,(2013)高行終字第 482 号事件を「同様の事件」として引用した原因は次のように考える。(1)馳名商標は同じである。すなわち,2 つの判決に係る馳名商標は本事件の馳名商標と同じ「YKK」商標である。(2)請求人は同じである。すなわち,先行した 2 つの判決における上訴人は本事件の再審申請人と同じ YKK 株式会社である。

(3)適用法律は同じである。すなわち,いずれも『商標法』第 13 条 2 項に基づいて登録済み馳名商標「YKK」の保護にかかる問題である。

(4)判決の発行時期は同じである。すなわち,
    2 つの判決の作成日(それぞれ 2012 年 12 月 7 日, 2013 年 9 月 30 日である)は本事件の二審判決の作成日(2013 年 10 月 17 日)と大体同じ時期にある。したがって,先行の 2 つの判決は「同様の事件」とみなすことができ,本件の事実認定,法律適用問題に高度な類似性がある。これを前提に,最高裁は先に発効した両件の判決を参照しながら,その法律適用基準を援用して本件に対して審理を行った。
    過去の事件の審理基準を利用して審理を行う際は,最高裁の考え方は以下のとおりである。
まず,過去の事件を参考にして,YKK を馳名商標として認定して良いという結論を出した。
次は,過去の事件を参考にして,YKK の馳名程度に合わせる区分を跨ぐ保護範囲を決める。過去の事件において,北京高級人民裁判所はそれぞれ以下のとおり考えている。
1) 被異議商標の指定商品「電動はさみ」と引用商標の指定商品「ファスナー」はともに服装製造企業に使用されるものであり,関連商品になるため,被異議商標は「電動はさみ」において登録が許可されるべきではない。
2) 被異議商標の指定商品「糸,紡績糸」どの商品と引用商標の指定商品「ファスナー」はともに紡績,服装業界で使用される原材料,補助材料であり,関連商品を構成し,被異議商標は「糸,紡績糸」などの商品において登録が許可されるべきではない。
     前述の先に確定した両事件の判決では,どちらも馳名商標YKKの指定商品と関連した商品においてYKK を馳名商標と認定して区分を跨いだ保護を与えた。本件において,YKK 株式会社の提出した大量の有力な証拠は,引用商標「YKK」を付いたファスナー商品は確かに真実,合法的かつ公開的に「自動車のシートカバー,ハンドルカバー」などの商品に使用されたことが証明できる。また,日常消費者の認識や辞書の解釈によると,上記の商品はいずれも被異議商標の指定商品「乗物用内装飾品」に属する。従って,「ファスナー」と「乗物用内装飾品」は上下流関係に係属し,関連性の強い商品である。最高裁は,法律適用基準の一致性原則に従い,本再審事件において,最終的に被異議商標が YKK と関連する商品「乗物用内装飾品」における登録を許可しなかった。本再審事件の判決では,最高裁は「法律適用基準の一致性原則」を徹底させる態度を見せた。どのような場合は「同様の事件」に従ったといえるかというと,最高裁は上述した再審申請人の YKK 馳名商標に係る他の二審終審事件両件を引用し,同様の申請人,同様の馳名商標,同様に区分を跨ぐ保護などの前提の下,最高裁は本件で「先行した同様の事件」を適切に引用したため,最終的に「同様の事件,同様の判断」という公正な結果となった。
    本件からみると,法律適用基準の一致性原則を適用させるとき,当事者は通常,まず自社の確定済み判決から有利な判決を選び出して引用したほうが良い。そのうち,今回の事件と内容がほぼ一致し,証拠がかなり類似し,適用した法律条文も基本的に同一の事件の判決を引用判例として選ぶべきである。こうすると,裁判所によりよく法律適用基準の一致性原則に従わせ,今回の事件において引用事件の審判結果と一致するような有利な判決を得ることに役に立つと思われる。

3.3 三番目のハイライト:自ら訴訟請求の限定
    中国において,需要によって認定する原則は馳名商標保護にあたり重要な原則の一つである。需要によって認定する原則というのは,被異議商標が先行商標に対する複製,模倣,翻訳であり,且つ被異議商標の登録使用が馳名商標権者に損害を与えた場合(馳名商標認定の需要が出来た)のみ,官庁は証拠に基づいて先行商標が馳名商標になるかどうかという判断を始めることである。このような場合でないと,先行商標に対して馳名商標の認定判断は必要とされない。
    本件では,異議申立から二審訴訟段階まで,YKK 株式会社は被異議商標がすべての指定商品における登録出願が許可されるべきではないと主張した。再審段階になると,YKK 株式会社は,自ら訴訟請求を「自動車」,「乗物用内装飾品」との 2 商品に限定し,特に「乗物用内装飾品」における登録を許可すべきではないと請求した。
    上記のように訴訟請求の変更は,重大な意義があるといえる。YKK 株式会社は,世界で最も大きい,且つ最も有名なファスナーのメーカーとして,その「YKK」登録商標はファスナー業界において非常に高い地位がある。ただし,ファスナーという商品は,よく見られる商品であるにもかかわらず,消費者の全員はファスナーのブランドに高く注目するとは限らないため,YKK ファスナーの馳名度は一般消費者にそれほど及ばない可能性がある。
     裁判所は需要によって認定する原則の下,必ずしもその商標が馳名になったかどうかという事実を審査しなければならないとというわけではない。被異議商標は他人の馳名商標に対する複製,模倣,翻訳を構成しない場合,或いは両者の商品は大きく異なり,混同,誤導という結果を招く恐れがない場合は,馳名商標に区分を跨いだ保護を与える必要もない。従って,このような場合には,その案件において馳名商標になるか否かと認定する必要がないとされる。8)
    本件では,被異議商標は再審申請人の先行した引用商標を完全に複製したものである。そこで,ここのキーポイントは,被異議商標の指定商品は再審申請人が馳名分野の商品と大きく異なるか,或いは両商品はある程度関連しているかどうかを判断することである。
     司法解釈によれば,既に中国で登録済み馳名商標について,類似しない商品においてその保護範囲を確定する時に,その馳名度に合わせるよう注意しなければならない。9)再審申請人は本件の焦点を「自動車」,「乗物用内装飾品」に絞ったからこそ,裁判所は,この 2 商品に重点をおいて審査することができ,被異議商標がそれぞれ「自動車」「乗物用内装飾品」に登録された場合,異議申立人の利益を損なう可能性があるかどうかに関しても考察することができた。また,再審申請人も,この 2 商品について,新たに大量な補足証拠(例:新証拠組 2「ファスナーと乗物用内装飾品の関連性に関する証拠」)を提出できるようになった。これらの証拠によれば,被異議商標はこの 2 商品に登録されると,再審申請人の利益が損なわれることが証明できる。したがって,最高裁は,この 2 商品において YKK 商標を馳名商標として認定するかどうかということは馳名商標事件に係る需要によって認定する原則に一致すると判断した。
    言い換えれば,仮に再審申請人は再審においても訴訟請求を限定せず,すなわちこれまでの手続き中の主張――被異議商標がすべての指定商品において登録が許可されるべきではないという主張を続けると,被異議商標のほとんどの商品と再審申請人の YKK ファスナー商品がかなり異なるものとして,両者の関連性を証明することが非常に困難であるため,最高裁は再び,被異議商標はすべての指定商品における登録が YKK 株式会社の利益を侵害しないと判断し,さらにYKK 商標について馳名商標であるかどうかの判断も必要がないという結果を出してしまう可能性が高い。
本件からわかるように,訴訟の請求について細かく分析・整理することは,有利な判決を得るために重要である。また,再審の担当弁護士又は弁理士は,正確かつ明確にクライアントの真の要求を把握し,全面的かつ徹底的に事件のすべての細部を究明し,関連するすべての法律問題,当該問題のすべてのところを深く分析し,すべての証拠や法的文書をしっかりと用意し,全面的かつ詳細に事件の訴訟流れも管理する必要がある。

4.最新の司法解釈に合わせて更なる研究
4.1 区分を跨ぐ馳名商標の保護に関する最新の司法解釈
2017 年 3 月 1 日より,「商標の権利付与・権利確定にかかわる行政事件審理の若干問題に関する最高裁の規定」10)(以下,「規定」と略称する)は正式に施行した。「規定」の第 13 条によると,登録済み馳名商標の保護範囲について,総合的に以下の要素を考慮すべきである。
1) 引用商標の顕著性と知名度
2) 商標標章が十分に類似しているか
3) 指定される使用商品の状況
4) 関連公衆の重合度と注目度
5) 引用商標に類似した標章がその他の市場主体により合法的に使用される情況やその他関連要素
これより前,「馳名商標保護に関わる民事紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する最高裁の解釈」(法釈(2009)3 号)の第 10 条では,馳名商標の保護について,総合的に以下の要素を考慮すべきと規定した。
1) 当該馳名商標の顕著性の程度
2) 当該馳名商標の被異議商標或いは企業名称を使用する商品の関連公衆における認知程度
3) 馳名商標を使用する商品と被異議商標或いは企業名称を使用する商品間の関連程度
4) その他の関連要素
     実際には,「規定」における馳名商標の保護について考慮すべき 5 つの要素と法釈(2009)3 号第 10 条の 4 つの要素は,内容が同じであるが,両者の違いとして,「規定」は法釈(2009)3 号第 10 条の内容をよりよく充実させたものである。以下のように分析する。
➢「 規定」における「引用商標の顕著性」と法釈(2009)3 号第 10 条第 1 項における「馳名商標の顕著性の程度」に関する規定は基本的に同じである。
➢「 規定」における「指定される使用商品の状況」は,法釈(2009)3 号第 10 条第 3 項「商品間の関連程度」を含むが,その範囲は「商品間の関連程度」より広い。例えば,馳名商標の商品は専門商品と大衆消費品のどちらか,また,商品の性質,価格,使用頻度なども考慮すべき要因になる。
➢「 規定」における「関連公衆の重合度及び注目度」は法釈(2009)3 号第 10 条第 2 項「認知程度」の重要な参考要素である。公衆の重合度は高ければ高いほど,一般的に馳名商標は被異議商標の関連公衆における認知程度も高くなる。
➢「 規定」における「引用商標に類似した標章がその他市場主体により合法的に使用される情況やその他関連要素」は,法釈(2009)3 号第 10 条第 4 項「その他の関連要素」に対する詳しい解釈である。
➢「 規定」における「引用商標の知名度」及び「商標標識は十分に類似しているか」は,『商標法』第 13 条第 3 項にあるはずの意味である。
登録済み馳名商標の事件において,馳名商標にどの程度の保護を与えるかについては,正確な判断を行うために,司法解釈の各要素を総合的に考慮する必要がある。

4.2 最新の司法解釈に合わせた本件に関する更なる研究
   本件では,馳名商標「YKK」の保護に関し,最高裁は再審判決書の中で商品の関連性という問題について詳しく述べた。司法解釈に馳名商標の保護にあたり各要素を総合的に考慮すべきという規定があることに鑑み,最高裁は被異議商標の「乗物用内装飾品」における登録を許可しないと決定したときも,「商品の関連性」以外に,他の要素も考慮したと推測できる。他の要素と比べると,本件では「商品の関連性」という要素が一番重要であるため,最高裁は再審判決において他の考慮要素を述べなかったのである。
実際には,本件について各要素を総合的に考慮すると,被異議商標は「乗物用内装飾品」における登録使用が公衆を誤導し,YKK 馳名商標権者の利益を損なう恐れがあると認定するのは良い。これについて,以下のように具体的に分析する。
➢ 引用商標の顕著度:YKK は独創的な言葉として,顕著性が高い。
➢ 引用商標の知名度:YKK 商標はファスナー商品に使用される馳名商標である。
➢ 商標標識は十分に類似しているか:被異議商標「YKK」と馳名商標「YKK」が同一である。
➢ 指定商品の状況:被異議商標 YKK の指定した「乗物用内装飾品」と YKK 馳名商標の指定した「ファスナー」は上下流製品である。
➢ 関連公衆の重合度と注目度:被異議商標 YKK の指定商品「乗物用内装飾品」の関連公衆は一般大衆であるが,馳名商標 YKK の指定商品「ファスナー」の関連公衆は服装,バッグ・カバン,自動車のシートカバーなどの加工製造メーカー(上記製品がファスナーを使用する)及びファスナーの品質に注目する一般消費者である。被異議商標の関連公衆と馳名商標の関連公衆は重なっている部分がある。また,一般的には,乗物用内装飾品(自動車のシートカバーなど)を購入する消費者は商品の細部(ファスナーの品質など)に対する注意力がある程度高い。
➢ 引用商標に類似した標章がその他市場主体により合法的に使用される情況やその他関連要素:YKK とファスナー商品は非常に緊密な関連があり,かつ市場にファスナー商品  以外にほかに YKK 商標を付いた有名商品は存在しない。商標局のデーターベース及び中国の検索エンジン「百度」に「YKK」を検索したら,検索結果の主体は基本的に日本の YKK 株式会社であり,他の主体が YKK を商標として使用したことはめったにない。また,インターネットで検索したときも,他の主体が YKK を商号として使用したケースも見つからなかった。さらに,被異議商標 YKK と馳名商標YKKは文字が完全に同じであることから,第三者は主観的な悪意で被異議商標を出願したと推定できる。
以上をまとめると,最高裁は被異議商標が「乗物用内装飾品」における登録を許可しないと決定したのは,法律の規定に基づく適切な判断である。

5.本事件からのその他の示唆――専門商品における馳名商標保護と大衆商品における馳名商標保護
     馳名商標の保護に関する事件では,馳名商標の保護範囲はその馳名度に合わせるものである。実際には,商標の馳名度は,商標自身の使用程度のほか,所属する分野にも深く関連している。例えば,日常生活においてよく見られる服装,バッグ・カバン,化粧品に使用される馳名商標は全体の社会公衆に周知される可能性が高いため,このような    馳名商標であれば馳名度が高いと判断されやすい。逆に,日常生活にめったに見られないトラクター,製紙機,タバコの巻き紙に使用される馳名商標は全体の社会公衆に周知される可能性が低く,特定の専門分野においてのみ広く知られるため,このような馳名商標であれば馳名度が低いと判断されやすい。
     馳名商標の保護範囲を馳名度に合わせる原則をより良く適用するために,馳名商標の保護に関する事件の場合,馳名商標の使用商品は大衆商品と専門商品のどちらかという視点から分析して良い。一般的には,馳名商標が関わる商品は,大衆商品(ミネラルウォーター,服装,バッグ・カバンなど)と専門商品(原子炉用減速材,獣医用幹細胞,航空用エンジンなど)に分けられている。ある商品は大衆商品なのか専門商品なのかという判断は,主に人々の生活常識に基づいて行われるものであり,かつ社会,時代の変化に従って変化するものである。例えば,もともと専門商品だった N95 医療用マスクは,中国の大気汚染の深刻化に伴い,現在は既に大衆商品となっている。
     大衆商品,専門商品における馳名商標について,その保護範囲を決めるときは,考慮すべき要素も異なる。

5.1 大衆商品における馳名商標の保護
     大衆商品に使用される馳名商標は,社会の一般公衆に知られる程度が高いため,もし当該馳名商標と類似する被異議商標が一般大衆用品,或いは他の専門商品に登録できると,被異議商標の関連公衆が先行の馳名商標を既に知っていることから,馳名商標の希釈化,或いは馳名商標の名誉は不正に利用されるという結果になってしまう。
     大衆商品における馳名商標に対して保護を与えるかどうかを決めるときは,関連公衆の重合度をメインとして,さらに司法解釈の他の要素もあわせて考慮して良い。両商標の関連公衆は重合度が高い,または被異議商標の関連公衆は馳名商標の関連公衆に含まれる場合は,被異議商標の関連公衆は,被異議商標が付いた指定商品が馳名商標の所有者より提供されるものであり,或いは馳名商標の所有者となんらかの関連があると勘違いしてしまい,または被異議商標の関連公衆が馳名商標と指定商品との間の唯一の対応関係に対する認知が乱されてしまうことになり,馳名商標の名誉が不正に利用され,又は馳名商標が希釈化されるという結果を招くと基本的に判断して良い。
     以下は参考事件である。
(2012)高行終字第 567 号事件において,被異議商標「香奈尔 CHANEL(シャネル)及び図形」は「タイル」などの商品に指定した。引用商標「CHANEL」と「香奈儿」(シャネル)は「化粧品,服装」などの商品に指定した。北京市高級人民裁判所(二審裁判所)は次のように判断した:被異議商標の指定商品とシャネル社の引用商標 4 件の指定商品は類似商品にならないが,シャネル社の馳名商標の指定した化粧品,服装などの商品はすべて日常生活用品又は消費品として,知名度が一般の社会公衆をカバーしており,社会公衆の間に高い顕著性及び影響力がある。被異議商標の指定したタイルなどの商品は日常の内外装用品として,その関連公衆はシャネル社の馳名商標の関連公衆と互いに重なるものである。それ故,被異議商標はタイルなどの商品に登録すると,関連公衆に被異議商標がシャネル社の馳名商標と相当程度の関連があると誤認させるはずである。これで,馳名商標の顕著性は弱められたり,或いは馳名商標の市場名誉が不正に利用されることになるため,『商標法』第 13 条第 2 項が適用できる。

5.2 専門商品における馳名商標の保護

    専門商品に使用される馳名商標は,社会の一般大衆に知られる程度が低いため,当該馳名商標と類似する被異議商標が一般大衆用品,或いは他の関連性のない専門商品に登録できると,被異議商標の関連公衆が先行の馳名商標の存在を知らない可能性があるため,馳名商標の希釈化,或いは馳名商標の名誉は不正に利用されるという結果にな

らない 。

    専門商品における馳名商標に対して保護を与えるかどうかを決めるときは,商品の関連要素をメインとして,さらに司法解釈の他の要素もあわせて考慮して良い。関連商品において被異議商標の登録は許可されると,被異議商標の関連公衆は,被異議商標を付いた指定商品が馳名商標の所有者より提供されるものであり,或いは馳名商標の所有者となんらかの関連があると勘違いしてしまい,馳名商標の名誉が不正に利用されるという結果を招くと基本的に判断して良い。

    本再審事件は,上記のような場合の参考事件となりうる。

    本件において,馳名商標 YKK の指定商品「ファスナー」は,一般大衆が日常生活中に直接購入できるものではなく,かつ一般大衆にそのブランドに高く注目されるものでもない。「ファスナー」は専門商品として,本件の YKK 馳名商標は専門商品における馳名商標と思われる。YKK 馳名商標の保護に関し,商品の関連要素に重点を置おいて考慮すべきであり,「乗物用内装飾品」と「ファスナー」との上下流商品の関連関係に基づき,最高裁は「乗物用内装飾品」という関連商品において

   YKK 馳名商標に保護を与えたのである。

6.終わりに

YKK 異議不服審判行政再審事件は,ハイライトがたくさんある事件である。再審申請人は中国の馳名商標保護に関して,根拠のある,かつ客観的な証拠に支えられるような法的意見を多数提出した。これは,本件の最終的な勝訴にしっかりした基礎となる。最高裁は,非常に知的な判決で,馳名商標保護に係る事件において注目すべき多数の問題を説明した。YKK 再審判決書は,中国の馳名商標保護の法的モデルとして,中国の他の馳名商標保護事件の重要な参考になる。

(注)
1) (2013)高行終字第1275号行政判決書。
2) (2016)最高人民裁判所行再67号再審行政判決書。
3) 「商標の権利付与・権利確定に係わる行政案件の審理における若干問題に関する最高人民法院の意見」
(法発(2010)12号)第11条参照。
4) 「商標の権利付与・権利確定に係わる行政案件の審理における若干問題に関する最高人民法院の意見」(法発(2010)12号)第10条によると,裁判所は馳名商標の保護に関わる商標権授与・権利確認行政案件を審理する際に,当該民事司法解釈第5条,第9条,第10条等が参照できる。
5) 「商標の権利付与・権利確定に係わる行政案件の審理における若干問題に関する最高人民法院の意見」(法発(2010)12号)第15条では,裁判所は商品又は役務が類似しているか否かを審査,判断する際に,商品の機能,用途,生産部門,販売ルート,消費対象などは同一又は大きな関連性があるかどうかを考慮しなければならないと規定した。
6) 最高人民裁判所(2015)知行字第24号行政裁定書。
7) 最高人民裁判所(2013)知行字第59号行政裁定書。
8) 例えば,最高人民裁判所の再審(2015)知行字第 112号判決書では,裁判所は,商標権授与・権利確認行政案件の審理においても,馳名商標の需要によって認定する原則によって審理すべきであると述べた。言い換えれば,被異議商標は引用商標に対する複製,模倣,翻訳を構成しない場合,あるいは被異議商標は登録しても公衆を誤導する恐れがなく,また引用商標権者の利益を損なう結果を招く恐れがない場合は,引用商標は馳名商標になるか否かについて審査,認定を行う必要がない。本件の場合は,引用商標は第1類の「苛性ソーダ,メタノール」などの化学製品,被異議商標は第11 類の「電灯,ガス給湯器」などの家電商品に指定し,両者の商品は機能,用途,販売ルート,消費対象などにおいて大きく異なっている。引用商標は第1 類の化学製品においてある程度の市場知名度を有しているにもかかわらず,その知名度は被異議商標の出願日以前に既に被異議商標の指定商品または類似商品あるいは関連性のある商品に及んだことは証明されておらず,すなわち引用商標の知名度を鑑み,被異議商標は登録しても公衆を誤導し,引用商標権者の利益を損なう結果を招くことになると証明することができない。被異議商標の指定商品が生産中,引用商標の指定商品を使用する必要があることを理由に,両者は高い商品関連性があると主張したことは根拠のないものとし,裁判所は支持しなかった。
9) 前掲注3)参照。
10) 2017年3月1日より発効した「商標の権利付与・権利確定にかかわる行政案件審理の若干問題に関する最高人民法院の規定」は2010年最高裁より公布した法発(2010)12号に基づき,その一部の重要な条文を吸収した上,かつ司法実務にまだ存在している明らかな問題に対して作成されたものである。商標の権利付与・権利確定の行政案件にかかわる重要な法律問題,審査実務上の難点に対して明確な規定がある。
11) 法釈(2009)3号第9条は,関連公衆に係争商標が馳名商標と相当程度の関連があると認識させることにより,馳名商標の顕著性を弱め,馳名商標の市場名誉を損害し,或いは馳名商標の市場名誉に対する不正利用する場合は,商標法第13条第2 項に規定している「公衆を誤導し,当該馳名商標の登録者の利益が損なわれ得る」に該当すると規定した。法釈(2009)3号第9条によると,馳名商標に対する損害結果は,馳名商標の顕著性を弱める,馳名商標の市場名誉を損害する,馳名商標の市場名誉を不正に利用するとの3種類がある。そのうち,市場名誉を損害するというのは主に先行の馳名商標は不潔,みっともない又は不適切な環境に使用されることを意味し,ここでは詳しく説明しないこととする。本稿は主に他の2種の損害結果を触れることにする。