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中国における機能的特徴を用いてクレームを限定することによる審査・審判と権利侵害認定の各段階における保護範囲に与える影響についての考察

時間:2021-10-27作者:

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要約

機能的特徴を用いてクレームを限定するケースはよくあるが、中国の審査・審判の段階と権利侵害の認定の段階において、機能的特徴を用いてクレームが限定された場合、その保護範囲に与える影響が完全に同一になるとは限らない。中国の審査・審判の段階と権利侵害の認定の段階において機能的特徴を用いてクレームを限定することにより、その保護範囲に与える影響の相違点について説明する。

キーワード:機能的特徴 保護範囲

1.はじめに

通常、物のクレームを作成する場合、物の絶対保護を求めるため、構造及び/又は組成の技術的特徴を用いて限定することが最も好ましい。しかしながら、ある技術的特徴について、構造的特徴によって限定することができない場合、又は、構造的特徴によって限定するよりも、機能・効果の特徴によって限定するほうがよりふさわしい場合には、機能的特徴によって限定する必要がでてくる。

しかしながら、中国の特許実務では、審査・審判と権利侵害の認定の段階において、機能的特徴に対する取り扱いが完全に同一であるとは限らない。本稿では、審査・審判と権利侵害の認定の段階における機能的特徴を用いたクレーム限定がもたらす影響について、下記の2つの実例に基づき説明する。

2.機能的特徴の概念

物の保護を求める技術案については、一般的に、クレームを構造及び/又は組成で限定すべきである。すなわち、クレームにおいて、製品又は装置の各部材の具体的構造や形状や構成などの機械構成、及び各部材同士の連結関係や位置関係や協働関係などの相互関係を限定すべきである。ただし、実際の状況では、ある技術的特徴について、構造的特徴によって限定できないか、又は、構造的特徴によって限定するよりも、機能・効果特徴によって限定するほうがよりふさわしい場合がある。このような場合、出願人は、機能的特徴を用いてクレームを限定するケースがよくある。

このような機能的特徴について、「最高人民法院による特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)」の第八条には、「機能的特徴とは、構造、成分、手順、条件又はその間の関係などについて、それが発明創造において果たす機能又は効果を通じて限定を行う技術的特徴をいう。ただし、当該分野の当業者がクレームだけで、前述の機能又は効果の具体実施形態を直接かつ明確に確定できる場合はこの限りでない。」1)と規定されている。

3.審査・審判の段階における影響

「特許審査指南(2010)」第二部分第二章において、「クレームに含まれる機能的限定の技術的特徴は、記載された機能を実現できるすべての実施形態をカバーしていると理解すべきである。機能的限定の特徴を含むクレームについては、当該機能的限定が明細書によってサポートされているかを審査しなければならない。クレームに限定された機能は、明細書の実施例に記載された特定の形態で完成されたもので、かつ該当技術分野の技術者が明細書に記載されていない他の代替的形態では当該機能を完成できるかについて不明である、若しくは該当技術分野の技術者が当該機能的限定に含まれる一又は複数種の形態であっても、特許発明又は実用新案が解決しようとする技術的課題を解決できず、同等な技術的効果を達成できないと疑う理由を有するときは、クレームにおいて、前述した他の代替的形態又は特許発明や実用新案の技術的課題を解決できない形態をカバーするような機能的限定を用いてはならない。」2)と規定されている。

このことから分かるように、審査・審判の段階における機能的特徴は、記載された機能を実現可能とするすべての実施形態と把握される。すなわち、明細書に記載された実施形態の内容に限定されない。このような場合、明細書に記載された技術内容がこのような広い範囲をサポートできないというおそれも大いにある。下記の事例を用いて、具体的に説明する。

実際に、中国国家知識産権局特許復審委員会で復審(審判)請求され復審決定がなされた案件3)において対象となった出願(出願番号:02805240.4;発明の名称「半導体パッケージ及びその製造方法」)において、拒絶査定の対象となったクレーム1は下記のとおり。

「【クレーム1】
(i)フィルムを形成するために基板の表面に、
(A)一分子あたり平均少なくとも2つのシリコンに結合したアルケニル基を含有する有機ポリシロキサンと、
(B)組成物を硬化するのに充分な濃度において、一分子あたり平均少なくとも2つのシリコンに結合した水素原子を含有する有機シリコン化合物と、
(C)光活性ヒドロシリル化触媒の触媒量と、
を含むシロキサン組成物を適用する段階と、
(ii)表面の一部を覆っている無露光領域及び表面の残部を覆っている露光領域を有する部分的に露光したフィルムを製造するために150~800nmの波長を有する放射光にフィルムの一部をさらす段階と、
(iii)露光領域が現像溶媒に実質的に不溶解となり、そして無露光領域が現像溶媒に溶解できるようになる時間のあいだ、部分的に露光したフィルムを加熱する段階と、
(iv)加熱したフィルムの無露光領域を現像溶媒で除去して、パターン化フィルムを形成する段階と、
(v)硬化したシリコン層を形成するのに充分な時間のあいだ、パターン化フィルムを加熱する段階と、
により特徴付けられた、パターン化フィルムを製造する方法。」

本件合議体は2008年11月26日付で復審請求人に復審通知書を発行し、「本願クレーム1は明細書によりサポートされていない」と指摘した。具体的な理由は下記のとおり。

「本願クレーム1における「光活性」は機能的な限定方式に属するもので、光の照射により、ある活性を持つという機能を指す。一方で、本願明細書に記載されている一連の具体的な触媒は、ある特定の具体的な類型に属する触媒に過ぎず、かつ、復審請求人が提出した実験証拠は、一種の具体的な光活性機能ありの触媒のみに関するものである。明細書に記載されていない他の組成物によって当該機能を実現できるかは、当業者にとって不明である。よって、クレーム1によって限定されている光活性触媒は、明細書によりサポートされていない広すぎる範囲をカバーするものである。」

その後、補正済のクレーム1は下記のとおりである。

「【クレーム1】
(i)フィルムを形成するために基板の表面に、
(A)一分子あたり平均少なくとも2つのシリコンに結合したアルケニル基を含有する有機ポリシロキサンと、
(B)組成物を硬化するのに充分な濃度において、一分子あたり平均少なくとも2つのシリコンに結合した水素原子を含有する有機シリコン化合物と、
(C)150~800nmの波長を有する放射光にさらすこと及びその後の加熱により、成分(A)と成分(B)のヒドロシリル化の触媒作用を引き起こすことができるヒドロシリル化触媒であって、白金族金属を含む光活性ヒドロシリル化触媒の触媒量と、
を含むシロキサン組成物を適用する段階と、
(ii)表面の一部を覆っている無露光領域及び表面の残部を覆っている露光領域を有する部分的に露光したフィルムを製造するために150~800nmの波長を有する放射光にフィルムの一部をさらす段階と、
(iii)露光領域が現像溶媒に実質的に不溶解となり、そして無露光領域が現像溶媒に溶解できるようになる時間のあいだ、部分的に露光したフィルムを加熱する段階と、
(iv)加熱したフィルムの無露光領域を現像溶媒で除去して、パターン化フィルムを形成する段階と、
(v)硬化したシリコン層を形成するのに充分な時間のあいだ、パターン化フィルムを加熱する段階と、
により特徴付けられた、パターン化フィルムを製造する方法。」

合議体は、依然として、補正後のクレーム1が明細書によりサポートされていないと認定した。具体的な理由は下記のとおり。

「「光活性」触媒は、光子の励起下で触媒特性を持つ化学物質を意味し、「光活性」は、当該化学物質が光の照射によってある活性を持つという機能を表す。「150~800nmの波長を有する放射光にさらすこと及びその後の加熱により、成分(A)と成分(B)のヒドロシリル化の触媒作用を引き起こすことができる」との限定は、ある反応条件下である物質を触媒し得る能力を表すもので、実際上、当該反応過程を実現できる反応条件に対する限定である。上記限定はいずれも機能的限定に属するものであるが、触媒自身の組成又は構造リガンドについて限定がされていない。復審請求人がこの度の補正において「光活性ヒドロシリル化触媒」を「白金族金属を含む光活性ヒドロシリル化触媒」へと限定したものの、上記の機能的限定によって限定された「白金族金属を含む光活性ヒドロシリル化触媒」は、依然として、広すぎる範囲をカバーしており、かなりの種類の触媒物質が含まれている。一方で、本願明細書(明細書第8頁下から第1段落~第9頁第1段落)に記載されている一連の具体的な触媒は、ある特定の具体的な類型に該当するもので、すなわち、白金族金属におけるいくつかの具体的なヒドロシリル化触媒である。本願明細書において、化学原理に基づいて上記触媒の作動原理を釈明することがなく、一連の具体的な物質のみが挙げられており、当該一連の具体的な触媒物質と成分(A)、成分(B)とを組み合わせて、ある条件下で反応させることで、本願発明のパターン化フィルムを製造することになる。同時に、復審請求人の提出した実験証拠は、一種の具体的な光活性機能ありの触媒のみに関するものである。よって、本願クレーム1で限定された、白金族金属を含む光活性ヒドロシリル化触媒は、依然として、広すぎる範囲をカバーしている。本分野の当業者といえども、明細書に記載されているいくつかの具体的な触媒のみに基づいて、当該範囲内においてどのような本願明細書未記載の光活性ヒドロシリル化触媒でも上記機能を実現できるかを判断することができない。よって、クレーム1は明細書によりサポートされておらず、特許法第26条第4項の規定に違反している。」

上記事例から分かるように、クレームにおいて機能的特徴により限定した場合、クレームの保護範囲は、記載された機能を実現できるすべての実施形態をカバーするものと把握されるため、通常、出願人はこのような限定方式で保護範囲の最大化を図る。しかしながら、明細書において機能的特徴に関する記載が不十分な場合、機能的特徴による限定は、クレームの保護範囲が広すぎるため、明細書によりサポートされていないと判断されてしまう可能性がある。

次に、もしこのような機能的特徴により限定されたクレームのサポート要件が審査官に認められた場合、権利侵害の認定において、当該クレーム保護範囲は、記載された機能を実現できるすべての実施形態をカバーするものとみなされるのか。この点について見ていくことにする。

4.権利侵害の認定段階における影響

2016年4月1日に施行された「最高人民法院による特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下、「解釈」という。)の第四条には、「クレームにおいて機能若しくは効果を以って記載された技術的特徴について、法院は明細書及び図面に記述された当該機能若しくは効果の具体的な実施形態、及びそれと均等の実施形態と結び付けた上で、当該技術的特徴の内容を確定しなければならない。」4)と規定されている。

「解釈」第四条は、機能的限定による技術特徴の司法段階での解釈方法を初めて明らかにしている。従来の司法実務では、いくつかの法院が「審査指南」における解釈に沿って機能的限定による技術特徴を解釈していた。すなわち、記載された機能を実現できるすべての実施形態がいずれも権利侵害をなすと認定していたが、当該司法解釈の公表後、上記のような「審査指南」における解釈が司法実務において適用されなくなり、被疑侵害物が明細書に記載の具体的な実施形態及びその均等な実施形態を実施するのみに限り、権利侵害となると認定されるようになった。司法実務における上記解釈の適用について、下記の事例を用いて具体的に説明する。

寧波悦祥機械製造有限公司(以下、「悦祥公司」という。)と上海昶意機械製造有限公司との間で争われた発明特許侵害案件に対する上海市高級人民法院による(2012)沪終字第10号民事判決を不服として、悦祥公司が申し立てた再審に対する最高人民法院の中華人民共和国最高人民法院民事裁定書(2013)民申字第366号5)における最高人民法院による上記解釈の適用について見てみる。

当該再審請求において、悦祥公司は、「係争特許のクレーム1に係るロック装置は、機能的(効果的)特徴として、当該発明の技術貢献を最大限に体現した。よって、記載された機能を実現できるすべての実施形態をもって、当該特徴を解釈すべきである。係争特許のクレーム1の保護範囲を確定するときに、ロック装置のクレーム1における技術的価値及び語彙価値を無視できない。特に、ロック装置が係争特許の発明ポイントとなる場合、当該機能的(効果的)特徴を具体的な実施形態における相応特徴に置き換えてはならない。」と主張した。

一方、上海昶意機械製造有限公司は、「特許権が保護するのは、技術案であり、単なる機能・効果だけではない。機能的特徴によって限定されたクレームが、記載された機能を実現できるすべての実施形態をカバーしていると認定されれば、特許権の保護範囲は、特許権者による実施形態とは本質的に異なることになり、特許権者の創造に属さない実施形態をも取り込むようになる。これは、公衆利益の保護という点において不利益であり、技術進歩を阻害してしまう。」と主張した。

最高人民法院は、当該案件の裁定書において下記のとおり認定した。

「本案件において、双方当事者は、係争特許のクレームに係る『ロック装置』が機能的限定による技術特徴であることについて争いはなく、本件の争点は、当該技術特徴をどのように解釈するのかという点にある。「最高人民法院による特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」第四条の規定によると、クレームにおける機能若しくは効果で表現された技術特徴について、法院は明細書及び図面に記述された当該機能若しくは効果の具体的な実施形態、及びそれと均等の実施形態を結び付けた上で、当該技術的特徴の内容を確定しなければならない。『ロック装置』が係争特許明細書に記載の具体的な実施形態及びこれら実施形態と均等の実施形態のみをカバーしているという二審法院の解釈は、妥当なものである。ロック機能を実現するためのすべての実施形態をもって係争特許のクレーム1における「ロック装置」を解釈すべきだという悦祥公司の請求は、法的根拠が欠如しており、再審請求は受け入れられない。」

上記の事例から分かるように、権利侵害認定においては、「解釈」第四条の規定により、クレームにおける機能的特徴は、明細書及び図面に記述された当該機能若しくは効果の具体的な実施形態、及びそれと均等の実施形態と解釈されるべきであり、記載された機能を実現できるすべての実施形態と解釈されるものではない。

5.機能的特徴によるクレーム限定に対するコメント

出願人がクレームを作成する際、より広い保護範囲を獲得するために、機能的特徴で限定を行う場合がある。しかしながら、上記の案例から見れば、機能的特徴による限定に関しては、審査・審判の段階において、審査官・審判官は、当該機能的限定を、当該記載された機能を実現できるすべての実施形態をカバーしていると解釈する。このような最大範囲の方式で解釈すると、実際上、本発明について下記のリスクを増加させるようになる。1)権利範囲が広いので、従来技術をカバーして本発明の新規性・進歩性は否定されてしまう可能性が大いにある。2)権利範囲が広いので、本出願のクレームが明細書によりサポートされない可能性が大いにある。つまり、審査・審判の段階において、機能的限定は、本発明の評価にリスクをもたらすことが多いので、本発明は特許査定されないおそれがある。

また、機能的特徴を用いて限定された発明に特許が付与されたとしても、権利行使の段階では、当該機能的特徴による限定は、減縮的に解釈されることが多い。すなわち、当該機能的特徴による限定を、明細書及び図面に記述された当該機能若しくは効果の具体的な実施形態、及びそれと均等の実施形態と解釈されることになる。もし、被疑侵害製品において同等の機能を実現するための一部の技術手段及び原理が本発明とは異なる場合、機能が同じであっても、権利侵害とならないと認定される可能性は高くなると思われる。

よって、出願人は、権利を獲得したとしても、被疑侵害製品において均等な機能を実現するための技術手段及び原理が異なるという理由で、権利侵害を主張することができなくなる。このように、機能的特徴による限定は、審査・審判の段階と権利侵害の認定の段階における保護範囲の解釈が同一のものとはならない。前者は、機能的特徴による限定をしたとしても、すべての機能的に均等な形態までに保護範囲を拡大する一方で、後者では、機能的特徴による限定を、明細書における具体的な実施形態及びそれと均等の実施形態まで保護範囲を減縮する。出願人にとっては、権利を獲得する過程において、最も厳しい審査を受ける一方で、権利行使の過程においては、明細書における具体的な実施形態及びそれと均等な実施形態のみに限定されてしまうことになる。

事業目的やノウハウなどの点から、出願人は、明細書において発明のメカニズム・キーポイントを詳細に説明せずに、最も広い保護範囲を獲得しようとする場合があるため、文言上の外延範囲を通じて最大の権益の獲得を希望する場合がある。しかしながら、特許法の本質は、公開を引き換えに保護を付与するというものである。機能的限定の特徴に対しては、この点がもっと明確にされている。出願人が出願書類を作成する際に、十分な数の実施形態を開示できれば、審査・審判の段階において、サポート要件が原因で拒絶査定を受ける可能性は少なくなる。一方、権利侵害の認定段階においては、起こり得る変形を説明するのに十分な実施形態があるため、侵害者が本発明の核心から外れていなければ、権利者自身の権利が侵害されたと主張することができる。

このため、出願書類を作成する過程において、クレームを構造及び/又は組成の技術特徴によってできるだけ限定することを提案する。もし、機能的特徴により限定を行わざるを得ない場合、当該機能を実現するための実施形態をできるだけ多く例示するのが好ましい。網羅的に例示できない場合は、メカニズムの説明を行うのが最善である。このようにすれば、審査・審判の段階において、明細書によってサポートされているとの主張を有利にできるし、権利侵害の認定段階において、同一原則と均等原則をより正確かつ強力に主張できる。

 

参考文献:

1)司法解釈:「最高人民法院による特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)」、法釈(2016)1号、2016年4月1日;

2)中華人民共和国国家知識産権局、特許審査指南(2010)北京 知識産権出版社 2010 P45

3)中国国家知識産権局特許復審委員会復審請求審査決定16159号;

4)司法解釈:「最高人民法院による特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」、法釈(2009)1号、2010年1月1日;

5)中華人民共和国最高人民法院民事裁定書(2013)民申字第366号